深く掘れ 己の胸中の泉
深く掘れ己の 胸中の泉
余所たよて水や 汲まぬごとに
伊波普猷
深く掘るのだ 自己の胸の内の泉を
他所を頼って 水を汲んでしまわぬよう
他所を頼って 水を汲んでしまわぬよう
沖縄学の父といわれる伊波普猷の、よく知られた琉歌です。現代風の言い方をすれば、自我の拠り所を安易に他者の価値観に委ねてはいけない、自己の文化的・精神的起源を掘り下げよ、といった意味合いでしょうか、日本本土からの社会的影響に対して、沖縄の人間らしさを失いたくないという矜持を感じます。
この詩は、著書『古琉球』の自序等で引用した、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェによる以下の一節に着想を得ています。[原文はドイツ語。][1]
Unverzagt
Wo du stehst, grab tief hinein!
Drunten ist die Quelle!
Lass die dunklen Männer schrein:
"Stets ist drunten — Hölle!"
不屈
深く掘れ、己が足元を
その下に、泉あらん
蒙昧な者には、叫ばせておけ
「底にあるのは、地獄だ」と
『悦ばしき知識』
伊波自身はこの言葉について、以下のように述べています。[2]
これは借りて以て郷土研究の必要を説くには都合の好い言葉だと思います。誰でも活動しようとする人はまづ其の足元に注意せなければなりませぬ。自己から出発せない活動は、ほんのから騒ぎにすぎませぬ。
『沖縄県国頭郡誌』
なお、沖縄の食をテーマにした2022年のNHKの連続テレビ小説(朝ドラ)『ちむどんどん』(第90話)では、やんばる出身の主人公にこのニーチェの言葉が贈られる場面がありますが、制作上の都合からか、この琉歌には触れられていません。ただ、こうした背景を踏まえていたことは間違いないでしょう。